水口施設長コラム No.26 不眠

 気がかりなことや不安なことがあると眠れないことがある。夜中に目がさめて、充分な睡眠をとることができないために、睡眠の量と質が障害されていることを「不眠症」と呼ぶ。女性で不安症の人は睡眠不足になりやすいと言われている。また、家族の病気・死亡や災害などのストレスが睡眠不足の発症の引き金となることもある。さらに、コーヒーなどを過剰にとっている人は睡眠不足が慢性化しがちである。睡眠時間は大凡7時間程度であると言われており、それより短くなっても長くなっても平均寿命が下がるようである。長時間の睡眠が必要な場合は、回復に時間がかかる持病が隠されている可能性もあり注意が必要だ。
 睡眠時間は「体内時計」と「睡眠圧」によって決められている。入眠によって「ノンレム睡眠」と呼ばれる深い睡眠が約60分程度持続し、続いて「レム睡眠」という浅い睡眠に入る。レムとは急速眼球運動(Rapid Eye Movement, REM)の略語であり、睡眠中に眼球が小刻みに動く現象を示している。このノンレム睡眠とレム睡眠のサイクルが5〜6回続き、1回のサイクルは大凡90分程度である。
 ノンレム睡眠中の脳も活動しており,不必要な神経細胞同士のつながりを解除し、記憶の強化につながっているという考えもある。レム睡眠中の脳では感情を司っている扁桃体は活動しているが、理性的な判断に関わっている領域である前頭前野の活動が低下しているため、つじつまの合わない夢が出現したりする。海馬領域も活発に活動しており、記憶を整理する中で必要なものを記憶し、不必要なものを消去することによって新たな記憶のためのスペースを確保しているようだ。
 睡眠は言葉で表現できる「意味記憶」ばかりでなく、運動、スポーツのパフォーマンスにも関わっている(手続き記憶)。十分に睡眠をとると、パフォーマンスの向上が見られる、一方、試験の一夜づけはあまりお勧めできないようだ。
 睡眠不足が慢性化すると生活習慣病や認知症など種々の疾患に罹りやすくなる。高齢者に多い認知症はアミロイドβが蓄積し、神経細胞が破壊される「神経変性疾患」である。アミロイドβは常に作られ、睡眠中に効率良く排出されているが、認知症患者では排出が障害された結果、アミロイドβが蓄積するという説もある。また、睡眠不足になると運動しなくなる。さらに、食欲を亢進させるホルモンであるグレリンの分泌が増加するが、抑制するレプチンの分泌が低下し食事量が増えることになる。結果として肥満となり生活習慣病に罹りやすくなる。
 快適な睡眠をとることができるように睡眠のための環境(静かな寝室や快適な温度など)を整え、体内時計を利用することが勧められている。朝日を浴びると、体内時計がリセットされ、就寝前にメラトニンが分泌され入眠しやすくなる。しかしながら、就寝前にスマートフォンなどのブルーライトを浴びると、体内時計がくるわされ、メラトニンの分泌が抑制されることになる。
 睡眠障害には、なかなか寝付くことが出来ない「入眠障害」、途中で目がさめてしまう「中途覚醒」、早く目がさめてしまう「早期覚醒」、そしてぐっすり寝た感じがしない「熟眠障害」の4つのタイプがある。睡眠を導入する薬剤として眠りを誘導するGABAの働きを増強する「ベンゾジアゼピン系薬剤」(エチゾラム、プロチゾラムなど)と「非ベンゾジアゼピン系薬剤」(ゾルビデム、ゾピクロンなど)がある。これまで、これらの薬剤が頻繁に使用されてきたが、筋弛緩作用に伴う転倒や認知機能を低下させるリスクもあるため、リスクとベフィットを考慮し、少量から開始することが必要だ。
 夜になるとメラトニンが放出され、メラトニン受容体を刺激することによって睡眠が誘導される。「ラメルテオン」(商品名、ロゼレム)はこの受容体を刺激する薬剤である。また、覚醒を維持するのに必要な脳内物質であるオレキシンの作用を阻害する薬剤「スポレキサント」(商品名、ベルソムラ)がある。両者は従来のベンゾジアゼピン系薬剤・非ベンゾジアゼピン系薬剤に比べて、転倒や記憶障害のリスクが低いと言われている。
 施設に入所されると、場所が変わったことによって睡眠障害を訴える方がいらっしゃる。入眠剤は少量から開始し、効果が認められた場合は、可能な限り減薬、さらに中止できないか、検討することが必要である。良質な睡眠や休息は、食事摂取、運動と共に健康に暮らす上で欠かすことができないものである。施設では環境を整えると共に適切な薬剤を投与することによって充分な睡眠を確保して頂けるように配慮している。