水口施設長コラム No.28 体内にいる微生物は友達か敵か?

 有史以来、人類は微生物と共に暮らしてきたが、これまで天然痘、コレラ、ペスト、インフルエンザなどの病原微生物に苦しめられてきた。現在、新型コロナウィルス(SARS-CoV2)が猛威を振るっている。これらの感染症は人類に大打撃を与え、社会の変革を促したように見える。
 飛鳥時代に流行した天然痘は人口の1/3程度が犠牲となった。時の政府は財源を確保するために諸制度を整備し、かつ仏教の力で感染症を制御しようと奈良の大仏や各地に国分寺を建立した。西洋においてもペストは黒死病(Black plague)と恐れられた。教会関係者も罹患したころから、教会の権威が揺らぎ、キリスト教を中心とする中世からルネサンスへとの動きを加速させたという見解もある。Covid-19はどのような変革をもたらすであろうか。
 1950年代に抗生物質物質ペニシリンが発見され、急性感染症が治療可能なものとなった。この功績によってフレミングはノーベル賞を受賞した。抗生物質の開発と共にワクチン、消毒、公衆衛生等の発達によって急性感染症は激減した。
 抗生物質の使用頻度が増えるにつれて、抗生物質に対して抵抗性を示す細菌の出現が問題となっている。これらの耐性菌に対して新たな抗生物質の開発が必要であり、細菌と抗生物質は軍拡競争の様相を呈している。
 さらに、抗生物質使用後におこるクロストリジウム・デフィシル(CDI)感染症が問題となっている。クロストリジウムや黄色ブドウ球菌等は正常な細菌巣の基では増殖が抑えられているが、抗生物質の使用によってこれらの正常細菌巣が打撃を受けると、CDIのような細菌の異常増殖がおこり,新たな抗生物質を投与することが必要となる。
 これらの急性感染症の減少に伴って、肥満、花粉症などのアレルギー、高血圧症、糖尿病、心疾患、脳卒中、さらにガン等の慢性疾患が増加してきた。さらに、自己免疫疾患、過敏性腸症候群なども増加している。遺伝子要因のみで説明することは困難で有り、ライフスタイルが大きな影響を与えているようだ。
 健常者では、脂肪細胞の増殖がおこるが、肥満患者では脂肪細胞の肥大が認められる。脂肪が増えると細胞からレプチンが産生され、レプチンが中枢に働くと満腹感が生まれる。しかしながら、肥満患者では常にレプチンが産生されるのでレプチン耐性となり、満腹感が得られにくくなる。食事摂取過多、肥満という悪循環に陥る。
 胃潰瘍患者にはピロリ菌が存在し、それが慢性炎症を引き起こし潰瘍に至ることを示し、バリ・マーシャルとロビン・ウォレンはノーベル賞を受賞した。この慢性炎症が持続すると頻度は低いが、胃がんが発生する場合がある。しかしながら、慢性炎症から癌化へのステップについては不明の点が多い。
 C型肝炎ウィルス、パピローマウィルス、EBウィルス等も発がんに関わっている。例えば、我が国では大部分の人がEBウィルスに感染している。EBウィルスに感染すると、ウィルスは免疫系によって排除されるが、一部のウィルスはB細胞や上皮細胞に潜んでいる。
 これらのウィルスと免疫系は動的なバランスを保っている。ある特定の遺伝子を持っている人がこのバランスを崩すと、慢性炎症が増悪し、ついにはリンフォーマになると考えられている。この免疫系のバランスをコントロールしている詳細な仕組みについては未だ明らかにはされていないが、ウィルス、細菌などの微生物同士、さらには微生物とホストとの相互作用も免疫系をコントロールしているという考えを支持する所見が蓄積されつつある。
 一方、微生物が私達にとって有用なものであるという所見もある。例えば、レトロウィルスが胎盤形成に関与し、B細胞に潜んでいるEBウィルスが細胞の活性化や記憶細胞の維持に関わっている。また、ヒトが消化出来ないものを腸内細菌が分解すること、ビタミン合成や免疫系をコンロールしていること等は周知の事実だ。
 細菌は人体の総細胞数の10倍、ウィルスはさらにその10倍いると推定されており、これらの役割の解明が待たれている。腸管や皮膚には多数の微生物が常在している。私達はこれらの微生物と仲良くしている(「友人(friend)」)が、このバランスが崩れると「敵(foe)」となることもある。
 ヒト(ホスト)のゲノムと共にマイクロバイオームはヒトによって異なっているので、このバランスが崩れる要因は千差万別であろう。今後の「個別化医療(Personalized Medicine)」は、「ホストゲノム」と共に「マイクロビオーム(Microbiome; 私達の腸管や皮膚に存在しているウィルス、細菌、古細菌、真菌、寄生虫などを含んだ微生物)」を解析し、発症に至った病因に相応しい治療法や予防法をめざしたものになるだろう。

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