水口施設長コラム No.19 新型コロナウィルス感染症(6)ーBCGによる自然免疫系の活性化—

新型コロナウィルス感染症(6)ーBCGによる自然免疫系の活性化—

我が国を初めとして、BCGが接種されているアジアの国々ではヨーロッパ、米国・南米、アフリカに比べて新型コロナウィルス感染者(重症者)が少ないと言われている。BCGとは結核の発症を予防する目的で開発された牛型結核菌の毒性を弱めたワクチンである。未だ明らかな機序は不明であるが、BCGが自然免疫系を活性化することによってコロナウィルス感染症の重症化を阻止している可能性について触れたい。

(1)ウィルス感染症における自然免疫系の役割
 最初に、一般的なウィルス感染症では、どのようにして免疫系が活性化され、ウィルスが排除されるかについて述べる。ウィルスが生体内に侵入すると、食細胞(マクロファージや樹状細胞)によるウィルス感染細胞の貪食、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)やγδ細胞による感染細胞の破壊などがおこる。また、インターフェロンαなどのサイトカインが産生され、周辺の細胞は抗ウィルス状態になる。このファーストラインが突破されると、ウィルスを排除するのに相応しい「適応免疫」が働くようになる。感染細胞を貪食した樹状細胞やマクロファージによってT細胞に抗原が提示され、ヘルパーT細胞が活性化される。このヘルパー情報をCD8陽性T細胞が受け取ると細胞傷害性T細胞(CTL)、B細胞が受け取ると抗体産生細胞に分化・成熟する。CTLはウィルス感染細胞を選択的に破壊し、抗体はウィルスが毒性を発揮できないようにする(中和作用)。この自然免疫と適応免疫反応が協同的に作用することよってウィルスが効率良く排除される。

(2)BCG接種による自然免疫系の活性化
 BCGワクチンを接種された患者では、結核以外にも呼吸器感染症などに対する抵抗性を示すことが報告されていた。その仕組みとして、BCG刺激を受けたマクロファージ・単球のサイトカイン遺伝子はほどけた状態(オープンクロマチン)にあり、刺激を受けると速やかにサイトカイン(IL-1, IL-6)産生などの反応がおこると説明されている(Trained Immunity)1)。この変化は遺伝子のエピジェネティックな反応によっておこる。
 ワクチン接種は適応免疫系に免疫記憶を惹起するが、BCGは自然免疫系に免疫記憶を誘導している。適応免疫系に誘導される免疫記憶は用いた抗原に選択的に誘導されるが、BCG接種によって誘導される免疫記憶は、結核以外のウィルス感染症に対しても防御的に働く(Off-target effect)。BCGのみならず、はしかのワクチン、経口ポリオワクチンも自然免疫系を活性化する効果があると言われている。
 エピジェネティックな変化を受けたマクロファージの寿命は短命であることから、訓練された自然免疫反応が持続するのはどのような機序によって説明されるのだろうか。「長寿命の骨髄系前駆細胞」にエピジェネティックな変化がおき、前駆細胞から生み出される成熟細胞にも性質が引き継がれるという興味深い報告がある。また、肺局所におけるマクロファージにも同様のエピジェネティックな変化が誘導されている。この2つの仕組みによって訓練された自然免疫反応が持続する。
 BCGの効果はそれ自体では限定的であるので、ウィルスに対する特異的なワクチンが開発されるまでの橋渡しとして期待されている。

(3)新型コロナウィルス由来タンパク質による自然免疫反応の抑制
 ウィルスは自身の子孫を残すのに必要な道具を全て保有しているわけではなく、感染した細胞からタンパク質を拝借し、自身の増殖に用いている。さらに、宿主の免疫系を回避するシステムを持っている。新型コロナウィルス由来のNsp1タンパク質が宿主のmRNAを分解し、宿主の免疫機能を抑制し、自身の増殖を有利にしていることが明らかとなった2)。
 野生型および変異体Nsp1を用いた遺伝子解析および低温電子顕微鏡法(cryo-electron microscopy; Cryo-EM)を用いたアプローチによって、Nsp1は40Sリボソームサブユニットに結合し、mRNAの翻訳開始を阻止した。さらに、インターフェロン反応を含む自然免疫応答に重要な役割を果たしているretinoic acid-inducible gene 1 (RIG-I)やISGs(interferon-stimulated genes;インターフェロンによって誘導される遺伝子群)の発現を抑制することを示した。
 Nsp1を標的とした薬剤開発によって、SARS-CoV-2による免疫回避を解消し、ウィルスを効率良く排除できると期待されている。
 
(4)軽快患者と重症化患者の違い
  BCGによって訓練された自然免疫系の細胞はSAR-CoV-2感染に対して効率的にIL-1β, IL-6, TNF産生を誘導し、防御的に働く。しかしながら、重症患者では、免疫反応が暴走し、これらのサイトカインなどが過剰に産生され(サイトカインストーム)、急性呼吸不全症候群(ARDS, Acute respiratory distress syndrome)、ショック、血管内凝固症候群(DIC)による血栓形成、脳梗塞や心筋梗塞など多彩な症状が出現する。また、免疫反応のブレーキ役を果たしている抑制性サイトカイン(IL-10, TGF-β)が充分に作用しない結果、重症化する可能性も指摘されている。
 重症患者では、過剰なサイトカイン応答を抑制するために、デキサメタゾン(ステロイドホルモン)や抗-IL-6製剤(アクテムラ)が用いられている。


参考文献
1. Netea M, Giamarellos-Bourboulis EJ, Dominguer-Andres J et al. Trained immunity: a tool for reducing susceptibility to and the severity of SARS-CoV-2 infection. Cell 181:969-977 (2020)
2. Thoms M, Buschauer R, Ameismeier M et al. Structural basis for translational shutdown and immune evasion by the Nsp1 protein of SARS-CoV-2. Science 10.1126/science.abc8665(2020)

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